切り抜けてきたつもりの「おねしょ生活」

 おねしょと言って思いだす事と言えば、トイレに行く夢と、汚い話だが、朝起きてガスストーブで濡れたパジャマのズボンを乾かす時にもうもうと上がるおねしょの湯気だ。

 兄弟二人が別々の部屋で生活するようになり、しかもガスストーブを自由に使わってもいいようにさせてもらっていたような頃だったから、もう小学校高学年、いやもしかしたら中学生になっていたのかもしれない。

それでも私にはおねしょの経験がある。

 忘れられない夢がある。

 寝ていてトイレに行きたくなった。

「トイレに行かなくては」と思いベットから起き上がり、自分の部屋を出る。

トイレの戸をあけまだそのころ残っていた「朝顔形の便器」の前に立って放尿する。

「ああ、気持ち良い」と思ったその瞬間、それが夢だという事に気づき、濡れ始めた下着とパジャマのズボンの濡れた感覚ではっと我にかえり、はっきり目が覚める。

 布団から飛び起きて掛布団を思いっきり取っ払い、すぐにベッドから飛び降りて、被害を最小限に抑える。

しかしパジャマと下着は濡れたまま。

 まさかこのまま洗濯かごに入れるのはちょっとカッコ悪い。

そこで思いついたのが、部屋にあったガスストーブの前に下着とパジャマを広げて少しでも乾かしてしまう事だった。

幸いおねしょをするのは冬が多く、厚手のパジャマを着ていることが多かった。

だからパジャマが吸ってくれていて(?)敷布団にはあまり被害はなかった(と思うが、今から考えるとそんなことはないと思う)。

そこで、まだ皆が寝ている間にストーブをつけ。

その前にパジャマのズボンを広げる。

するとストーブの熱で濡れたパジャマから湯気がどんどん上がり、少しでも乾いてくれる。

その後はさも「ちゃんと毎日干してますよ」と見せびらかすようにハンガーにかけ、ほかの服とはちょっと離してカーテンレールにかけておく。

だいたいうちの家の者は私の部屋に入ってこないような放ったらかしの状態が多かったので、それで何とか難を逃れていた。

 今から思えば、おねしょの湯気を吸い、生乾きの布団とパジャマで数日間を過ごし、下着も風呂までは何とか座布団の下かどこかに隠しておくという、不潔極まりない生活をしていたものだと思う。

それでも何とかやってこれた。

しかしこれも、子どもなりに(高学年で?)考えた末の生活の知恵だったのだと今になって思っている。

 そんないいかげんな生活をしてきた親のDNAを受け継いでいるせいだろうか。

大学生の娘は、通学とサークル活動でへとへとになり、週の大半の日は帰宅後は風呂にも入らず、服のままベッドに倒れこむようにして寝てしまい、次の日の朝は朝食もそこそこに飛び出していく。

 もしそれが私の遺伝のせいならば、遅ればせながら「反省」する必要がありそうだ。

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